仙洞御所
せんとうごしょ

京都御所の東南の築地塀に囲まれた仙洞御所は上皇の御所でした。仙洞御所は1627年(寛永4年)後水尾天皇が譲位された後の御所として女院御所と共に小堀遠州が作事奉行として造営しました。しかし、仙洞御所の庭園は後水尾天皇の好みで殆どがかえられているそうです。


御車寄
仙洞御所北池の北側
もみじ橋あたり

仙洞御所は皇位を退かれた天皇(上皇、院)の御所でした。 仙洞御所は後水尾上皇の御所として1630年(寛永7年)に完成しました。後水尾上皇のご存命中に3度焼失、その都度再建され、以後霊元、中御門、桜町、後桜町、光格の5代の上皇が仙洞御所として使用されました。1854年(嘉永7年)の大火で京都御所と共に焼失したのを最後に殿舎の造営は行われず、醒花亭と又新亭の2つの建物と大庭園が残されているだけです。大宮御所は1867年(慶応3年) 英照皇太后(孝明天皇の女御)の為に女院御所跡に造営され、皇太后が東京に移られてからは御常御殿だけが残され、現在に至ります。
大宮御所御車寄は大宮御所の玄関で、現在も天皇皇后両陛下や外国元首のみがご使用されます。御常御殿は大正年間に内部が洋風に改築され、周りはガラス窓ですが、内部は襖や杉戸、確か45室があるそうです。
御常御殿の南庭には松竹梅が植えられ、「松竹梅の庭」といわれます。
仙洞御所参観は御常御殿前から御庭口門を通り、北池前へと進みます。

御常御殿の松竹梅の庭の竹 御常御殿 松竹梅の庭 御常御殿の松

この画像は2006年12月初め撮影しました。この時は錦秋そのものでした。

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